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 伝櫻井宮覚仁法親王墓(通称 櫻井塚)

櫻井宮覚仁法親王は、後鳥羽上皇の第4皇子(一説に第三、第五皇子ともつたえられる)

承久の乱の前年(1120)に都の乱を避け、当地へ下向したと伝えられている。

法親王は熊野三山の検校に補せられており、歴史家は法親王が当地へ来られたという史実は

無いという。

伝えられる所によれば、弘長三年(1263)三月、尊瀧院において薨去(こうきょ)、この中の島に葬ら

れたと云い、土地の人は「櫻井塚」と呼んでいる。

IMGP1994_convert_20130625165058.jpg


● 石造十三層塔 覚仁法親王追福のため造立されたものだが、最初の石塔は損傷が激しく、明治の末に吉備津にある「福田海」が島全体の整備とと共に、石塔は損傷が激しかったので初重の軸部(鎌倉中期のもの)のみを残し、それ以外は全部取り替えた。
軸部に刻まれる仏は薬師(東)宝生(南)阿弥陀(西)不空成就(北)の各尊で、いずれも蓮弁のついた蓮華座に座す。


● 宝篋印塔  笠の上に相輪を頂く、笠の下の塔身には四方仏の梵字を刻む。
  東に阿弥陀如来、南に不空成就、西に阿閥如来、北に宝生如来。なお、台の右に銘文がある。
  
  正面  一切如来心秘密 全身舎利宝篋  印陀羅尼経塔

  左側面 経日若有有 情能於批等 種植善根必 定阿粻多羅

  背面 三莫藐三菩提 不退転乃至 応髄阿鼻地 獄若口靱批

  右側面 塔一礼拝一 囲 必得解 脱皆不退転 阿粻多羅 三藐三菩提
  
  燈籠 円窓と火口以外のところに仏の立像を彫り付けてある。
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Date: 2013.06.23 Category: 標柱建て  Comments (0) Trackbacks (0)

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私達「郷内歴史保存会」は、
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更新につきましては、まちまち
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基本は楽しく歴史を学べる場と
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