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大釜跡群

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旧名は、福江天王池東窯跡と呼び、瓶焼谷窯跡群を福江天王池東窯跡群と呼んで

いたので、おそらく両方は問い読いていたものであろう。

当時とすれば、一大生産地で当然外部へ販路を持っていたものと思われ、そのた

めの港がおそらく宝寿院の下手に大きな池があったとあり、(土手場、池の内、

大池尻、大池下等の地名あり)港の名残りとおもわれる。


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Date: 2014.01.20 Category: 四十 大釜跡群  Comments (0) Trackbacks (0)

熊山遺跡 瓶焼谷窯跡群



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前山遺跡と瓶焼谷窯跡群との境界をはっきり分けることはできないと思われる。

前山遺跡とは、神様を祀ったと思われる祭祀遺跡跡が二か所あると当時串田に住まれていた

八木敏乗さんが、著書岡山文庫「岡山の祭祀遺跡」に書かれている。

この場所は下津井軽便鉄道が線路を敷くために、相当手を入れた所であるだけに、地形や様相

は大きく変わっていると思われる。

しかし、祭祀遺跡が二ヶ所もある所となると今一度調査するべき所である。
Date: 2014.01.20 Category: 三十八前山遺跡 三十九 瓶焼谷窯跡群  Comments (0) Trackbacks (0)

岩長比咩神社

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木華佐久耶比咩の姉、木華佐久耶比咩を祀る神社の近くに、妹を見守る様な位置に

岩長比咩神社は祀られている。

福江では木華佐久耶比咩神社の御仮屋から約二百メートル程裾を登った所に祀られている。

熊野神社にも祀られており、立派な社殿のあるのは稗田、岸の上の集落の氏神様「磐長姫神

社」で場所は宇野津へ越す新道、旧交差点信号上手「磐長姫神社」と骨太に彫られた石柱が

見える神社。

本殿、拝殿、玉垣まで整備されている。


ウイキぺディアより

大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。

コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された。オオヤマツミはそれを怒り、イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、イワナガヒメを送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。

『日本書紀』には、妊娠したコノハナノサクヤビメをイワナガヒメが呪ったとも記され、それが人の短命の起源であるとしている。

また『古事記』においてオオヤマツミの娘で、スサノオの子の八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と結婚する、木花知流比売(このはなちるひめ)はイワナガヒメの別名であるとする説もある。



Date: 2014.01.20 Category: 未分類  Comments (0) Trackbacks (0)

特殊器台片、向木見型出土地

特殊器台と云う名前を付けたのは、木見出身の元清心女子大教授の高橋護先生で、

先生がここで見つけた破片が吉備族のすばらしい力を持っていた事の立証となり

その勢力の広さ等が出雲や大和にも影響していたことが証明された。

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Date: 2014.01.20 Category: 三十六 特殊器台片、向木見型出土地  Comments (0) Trackbacks (0)

桧谷窯跡群

熊坂焼と全く同じ時代の同じ物を作っていたが、熊坂焼より東の位置にあった

ためこの名前が付けられたので、作られた製品は「熊坂焼」と全く同じ物である。

この土地の大半は団地に造成されたため、元はかなりの数の窯跡があったものと

思われる。

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Date: 2014.01.20 Category: 三十五 桧谷窯跡群  Comments (0) Trackbacks (0)

熊坂古墳群と熊坂焼窯跡群

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熊野神社が林に遷座されるより、少なくとも三百年以上前に熊坂焼は盛んに作られていた

ようだ。

熊坂古墳群の大半は横穴式石室の古墳時代後期の古墳であるが、天満山山頂付近から昭和

三十二年に陶棺の基分が発掘された。

県南では珍しい出土なので、郷内中学校資料室に保管されていたが、最近市の埋蔵文化セ

ンターへ移管された。

一般に「熊坂焼」と云われている熊坂の焼き物は須恵器で、当時は燃料である樹木は豊富

で、良質の粘土が得られたため、焼き物が盛んであったが、粘土が無くなってきたため、

今の備前に移って行ったと伝えられている。

しかし、その名残りであったのか、戦前まで熊坂には「瓦焼き」と呼ばれた家が何件もあ

り瓦も焼いていた。

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Date: 2014.01.20 Category: 三十四 熊坂古墳群と熊坂焼き窯跡群  Comments (0) Trackbacks (0)

出雲大社

出雲大社
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縁結びの神

およそ60年ぶりの大遷宮が行われている出雲大社で、現地ガイドさんの丁寧な説明を受け、

神職の方に遷宮の意味をおしえて頂き、気持ちもすがすがしくお参りをすることができました。

大国主大神の御修造を終え、清らかに甦ったご本殿、神のお力もまた新たに甦る特別な時に

この地に来る事が出来た事に、感慨深い思いと感謝が自然と湧き上がります。

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出雲大社

皆さんに新たな『御縁』素晴らしい御縁が訪れます様に
Date: 2014.01.09 Category: 郷内歴史保存会 歴史探訪 米子と出雲  Comments (0) Trackbacks (0)
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郷内歴史保存会

Author:郷内歴史保存会
ご訪問有難うございます。

私達「郷内歴史保存会」は、
今消えつつ有る、地元の貴重な
歴史の足跡を後世に残す為に
発足致しました。

更新につきましては、まちまち
ですが、勉強会や説明会、及び
地区のイベント等の情報を載せ
ていけたらと思っております。


基本は楽しく歴史を学べる場と
して、老若男女、沢山の方々に
参加して頂けたらと考えています。


これからもどうぞ宜しくお願い
致します。

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