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後鳥羽上皇御影塔(供養塔)

「国重要文化財」後鳥羽上皇御影塔(供養塔)
IMGP2113_convert_20131027111547.jpg

尊瀧院の伝承によると、「後鳥羽上皇の御墓所は全国に三か所あり延応元年二月二十二日、

隠岐国に崩御あそばされると、荼毘に附し、御遺骨を三つに分けて奉葬した。

その一つは隠岐国にあり、その二つは山城国にあり、その三が備前国児島の当院の宝塔である」

とありますが、宝塔は地盤のゆるみから傾き、倒壊の危険もあるところから、昭和四十五年十月

一日から同四十六年二月二十八日まで、国の解体修理が行われ、合わせて諸調査が行われた。

それによると、全体が花崗岩で造られた宝塔で、塔身は円筒形で、首部は別石で造られている。

軸部の正面に大日如来の坐像が彫られこの左側の上下に扉軸の穴があり、この扉のため火力が

強められて、如来像がより不鮮明になったようだ。

上の首部には中程を台輪状の太い突帯が一周しており、その下方に四駆の飛天女を薄肉彫りに

刻んでいて、それは他に例を見ないものである。

笠石は方形造り、軒に強反りをもたせ隅増しが付けてあり、軒裏には二段に二軒形を作り出し

隅々には風鐸穴が残っている。

飛天女の彫りのある上部に、造り出した大柄の中央に口径九センチ、座経七センチ、深さ二十

センチの納骨穴(舎利穴)を穿ち、火葬にした遺骨と副葬品(骨片九十五、歯十二、香木八片

鉄製品の細片八十)が確認された。

このように確認出来た以上、供養塔ではなくて御影塔の方が適切ではなかろうか。

IMGP2112_convert_20131027111422.jpg


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Date: 2013.10.28 Category: 二十八 後鳥羽上皇御影塔  Comments (0) Trackbacks (0)
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